2年前の冬は...―フィラデルフィア郊外のDrexelより

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家から歩いて3分の,一軒家.
ここの家は,ハロウィンのときも,クリスマスも,とても気合が入っています.
かわいいですよね(^-^)

思い起こせば,今から2年前の冬は.

こんなクリスマスの風景が,楽しいとか,きれいとか,
思う余裕など,カケラもなかった.

あの...
ネット上で,自分の昔話なんて話しても,
誰も興味などなかろう,と思ってきたけど,
いろんな事情で,海外に住まなければならなくなって,
私みたいな思いをしている人も,少なくはないんじゃないかと思って...


私がアメリカに来たのは社会に出て数年目,
どんなに忙しかろうと,仕事が楽しくてたのしくて,仕方がない時期だった.
でも,どんなに仕事が忙しかろうと,遅く帰ってこようとも,
それを新婚の旦那Pは黙って3年以上もの間,支えてくれた.
だから,こんどは私が支えてあげる番だ,と,踏ん切りをつけることができた.

それでも.

旦那Pより数週間あとからアメリカに渡った飛行機の中で,
広大なアメリカ大陸が上空から見え,ふぅっとそれまでの張り詰めた気持ちがほどけた.
薄っぺらい毛布を頭からかぶった途端,涙がぽろぽろこぼれてきて,止まらなくなった.

周りの人たちは,
「のんびりできていいねぇ」と言った.
でも,ここで中断してしまえば,長年かけてようやくかないかかった夢...
私の夢など,たいしたことではないかもしれないけれど,
若くて体力があるうちに,訓練しておかねば,モノにはなれない,
いや,若くなくてもいい,帰国する前に子供なんかできてしまったら,
もうかなえることはできないだろう,私の夢...
どうなっちゃうんだろう?
子どもは欲しいけれど,アメリカで子供ができちゃったら,
二度と思い切って仕事に取り組むことなどできなくなってしまう...

余裕が出来たら,アメリカで仕事の勉強もしてみたら,いいじゃない?
そんなこと言われても,英語も仕事のキャリアも,まだまだな私.
現実味がなさすぎる.

初めての主婦生活にも不安があった.
よくも悪くも男ばかりの社会しか知らぬまま,うまくやっていけなかったら,
それこそ社会から八方ふさがりだ.

.......


しかし,あんなに不安だった,「主婦同士の付き合い」は,
意外にも,これ以上ないほどの心のよりどころとなった.

Yっ子ちゃんと一緒に英会話教室に行く車でのおしゃべりは,どんなときも心癒された.
週1回のTさん宅での,夕食作りは,
まーーーったく気を遣わずに過ごせるとても素敵なひとときだった.

そういう意味では,日本人同士の付き合いで全く苦労がないにも関わらず,
1年以上も鬱状態だった私は,贅沢者だったのかもしれない.


だが,

「やらなければならないこと」がない.
社会に必要とされていない.

それが,私にとって,ものすごく辛かった.

外に出れば,英語が通じない.めげる.
家にいても,テレビの声も意味が分からない.
テレビを消せば,しーんと静まり返った部屋.
寒くて外に出る気もしない.

朝,ソファにすとんと腰をおろしたが最後,
旦那が帰ってくる30分前まで,根を張ったように動けなくなる.

本も,パソコンも,字面を追っても,頭に入ってこない.
居眠りする.夢か現か,わからない.
時間の経過を示すのは,壁にかかった時計だけ.
お腹が空いても,目の前の台所にも立てないどころか,
トイレに行くことすら,できない.

ひたすら,ぼーーーーーーーーーーっとし続けること9時間.
ふと出てくる独り言が
「死んでしまえば,楽なのに...」
なんて思ってもいないのに,口に出てきて,我ながら,びっくりする.


建設的なことを考えるフリをしてみる.

「この1年で,本をこれだけ読む」
「'Judge Hatchett'をキャプションなしで見られるようにする」
「マフラーを編んでみる」

とか,目標(?)だけは立ててみる.
が,結局,上記のごとく,ほとんど無為に一日がぼーーーーーっと過ぎてゆく.
目標はおろか,週に1回の楽しみにしているはずの,
Tさんの家での集まりも,
お風呂に入れていないからとか,着替えられないからとか,
どうしようもない理由で,でも,そんなことは言えないから,
なんらかの理由をつけて,休むこともしばしばあった.


徐々に動けるようになったのは,いつのころだろうか?
少なくとも,半年以上,そんな日々が続いたのだと思う.

本当に生活を楽しめるようになるまでには,1年半かかった.

自分の気持ちを無理やり,ごまかしたり,盛り上げてみようとしたりしたけれど,
解決してくれたのは,結局のところ時間だった.

たぶん,私は落ち込みやすいタイプなのかもしれない.
そして日本にいたころの生活に満足しすぎていたのかもしれない.

だから,こんなに時間がかかってしまったのだけど...


それでも,2年経った今,かつては無機的な光にしか感じられなかった
クリスマスのネオン,耳障りな騒音にしか感じられなかったクリスマス・ソングも
ようやく温かい気持ちで見たり,聴いたりすることができる.

サービスの悪い店員やウェイトレスにも,さらっと自己主張できるようになるし,
ただそれに慣れさえすれば,別段それ以上気分を害する事もなくなった.


むしろ,逆に,あと1年も経たないうちに,
ここを去ってしまうことに,寂しさを覚えるようにまでなった.
人々の細かい心のひだの間にあるものをすくい取ろうとすることの難しさ,
離れてみて初めて感じるようになった日本という国のすがた,
子ども達の成長していく様子の面白さ...

それらは日本で忙殺される毎日では,
感じ取る間もなかっただろう,私の大切なたからものだ.


前置きがものすごく長くなりましたが.

だから...
きっと,いま,こちらに来て落ち込んでいる方,
生活も環境も何もかも変わってしまった生活に馴染めないのは,
誰でも同じだと思うのです.
鬱になっていると,「自分はダメだ」と自己嫌悪に陥ってしまうかもしれないけれど,
みんな同じだと思うのです.
時間が解決してくれる,って,救いにならないかもしれないけど,
でも,きっと「今より悪くなることはない」はず.
気休めかもしれないけど...


気張りすぎずに,やりすごしましょ.きっといいこともあるから.

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Drexelbrookのウサギ穴―フィラデルフィア郊外,Drexelbrookに棲んでいるkyのブログ,
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この記事へのコメント

ゆめこ
2006年12月27日 21:15
新しい土地に行くのってとても勇気がいるよね。外国なら特にそうなんだろうね。言葉の問題だったり、日本での生活をいったん終了させないと
新しい土地にいけないしね。
私はこちらにきて6年。やっと慣れて来た。時間かかってしまったなーと思いました。でもまだ慣れないところたくさんあるな。
日本でもそうなら、外国ならなおさらだな・・・と。でも。
時間で解決できることって沢山あるよね。

夢は、様々な形で変っていくと思う。
一人でかなえられる夢。夫婦でかなえられる夢。家族でかなえられる夢。
それらは、ちがうように見えるけど、思いが同じなら
形を変えて、かなえられるのかな・・・という気がします。
(と、夢自体がわからないのに、勝手に言ってごめんね)
あと1年なんだね。ぼーっと過ごす時期を
懐かしくなるときもあるだろうし、外国でゆっくりできたことが
いつか良い思いでとなるのかなぁと思います。
日本とは違う風景を漠然とでも目にしているのだからネ。
ky
2006年12月28日 16:54
ゆめこちゃん,もう6年になるんだ.全く関係のない土地に,ぽん,と移るよりも,逆にいろんな人間関係があったりすると,慣れるのは却ってたいへんなんじゃないかって気もするな.

ふふふ,お察しの通り,既に「帰国したらもうDrexelなんて来ることやここで出会った人たちと再会することも殆どないかな」とあと10ヶ月の生活を惜しんで写真をばしばし撮ったりしていたりもするわ.
夢,ね.そういえば日本にいたらかなえられなかった夢もちょっとかなったな.1日8時間睡眠とか.なぁんて冗談冗談.独身の頃の猪突猛進傾向がようやく抜けてきて今は「末永く幸せに暮らしましたとさ」というのがかなえばベストだね.自分一人だけじゃない,と他者への責任ができるとバランスを考えるようになるのね,人間て.(←ト,エラソーニ言ッテオリマスガ,実際ハ結構我儘ニ生キテイマス.)
ゆめこ
2006年12月28日 19:42
写真楽しまさせてもらっていますよー。

学生時代の友達が一番だなと思うね。色々お話できて嬉しいな。
私も、末永く平穏で幸せでいたいと思うなぁ。
なにかを挑戦するなら、平和の中で。って感じかなぁ。
結婚したし、30代になったからかなぁ・・・?
でもこれってよい傾向のはず!!
親方夫人
2006年12月29日 13:20
ほーんと特に転勤ありのサラリーマンの妻の人生、なかなか計画通りにはならないねー。私は渡米してボーダーレスな会話ができるKYちゃんと出会えたこと、それが間違いなく北米での宝もののうちのひとつ。
だれか人と久し振りに会えたとき、やっぱりいろいろあっても前向きに人生を捉えている人って、いいなぁ、って思うんだ。だからそんな人を目指していろんな経験をして温故知新の精神で変化しつづけていけたらいいなぁとも思うんだけど、ここって、やっぱりアジア人がすぐにハッピーになれるには、ちときつい場所かな、って。(こちらも何かと打ちのめされて、NJではかなり落ち込みやすい体質。)いやいや、だからこそ、強くなってきてるのかな。
そう、言いたかったことはね、ある尊敬する女性が、”女性は結婚したり出産したり、それ以外にも予定が狂うことが往々にしてあるから、「一生をかけてキャリアを積む」、って事をいつでも頭の隅に置いておきなさい。”と言っていたの。たまに落ち込む時があるとそれをいつも思い出してるよ。今は無理だけど棺桶に足突っ込むまでには!ってさ。だから心も身体も健康でないとね。
ky
2006年12月29日 14:06
■ゆめこちゃん,
本当,こんなふうに大人になってからネットを通じて昔の友達とお話できるのっていいよね.ゆめこちゃんの日記を見ていると,なんとなく我が家との共通点が多そうな気がする~.これからもよろしくね♪

■Nちゃん,
いやー,Nちゃんのいるところは,特に厳しそうだもんね.よくやってると思うわ,アナタは.逆に今のところでこの時期(お子達の年齢的に)をやりすごすことができれば,他に怖いものなしでしょ!バナナをぐちゃぐちゃに踏みつぶしてニヤリと笑うSくんを育ててる経験もNちゃんの血となり肉となってるんだろうな~.
「一生かけてキャリアを積む」.そうだよね.仕事一徹の人生もいいけど,仕事「も,やる」人生は,仕事一徹人間には経験できないものだものね.当たり前だけど.それはそれで楽し(^-^)
kana
2006年12月30日 03:59
私も自分で選んで来たはずだったのに、最初の一年(いや2年?)はの夕方以降は殆ど泥酔状態でした。そん時38階に住んでいたんだけど毎晩こっから飛び降りたらどうなるかと考えまくっていました。でも親に借金している身だし、そんな事をする自由はないと、昼は死ぬほど勉強して夜は死ぬほど飲んでいました。
でもさ、すんげ~死にそうにつまんないけど人生の安定期に入ったらそんな落ち込み時期も人間の肥やしになったと思えるのよね。人の気持ちが理解出来る様になったというか・・・。
別に歳とってキャリアを積んだって良いじゃん。私が行くクリニックの担当の先生はロシア人移民で自分の母に近い年齢だろうけど、まだインターンだったよ。
生き急いではいけないのだよ、ちみ。
ky
2006年12月30日 15:51
■kanaちん
kanaちんと出会った当初,威勢のいい笑い声(及び飲みっぷり)と,そこはかとなく感じられる繊細な優しさと,エリートぉ~な学歴との不思議なギャップに,この人はどういう人だろう??と思っていたものです.そこで力尽きずにやってきたというのが肥やしになってるんだね.奥が深いのぉ.そんなkanaちん,素敵だ.
あーあ,私もあと10ヶ月弱(ひぇ~,最近は帰るのも惜しくなってきた勝手な人),ヒマだヒマだと言ってないで死ぬほど勉強でもしましょかね.
けろ
2007年01月03日 20:44
私も最初の2年間は、なかなか辛いものがありました。初めての独り暮らしと言うこともあったのですが、言葉が通じないことと、自分を無条件で肯定してくれる存在が傍にいない恐怖に、アメリカというものを楽しむことなんて全くできていませんでした。しかも時はSep11に重なり、”ビン・ラディンが核爆弾をアメリカに落としたら・・”なんて不安になったり。今となってみれば笑い話にできますが、当時は大まじめでした。でもいつからか、アメリカの暦に順応したというか、ラボに新しく来た同僚がいい人だったというか、Philadelphiaでの生活を楽しめるようになってました。言葉の問題は解決されたとは言えなくても、話せないなりに堂々としていられるようになったというか・・・なんだか、皆さん同じような道を通られたんですね。
そちらで生活するということは、非常に貴重な経験であったと思います。これって、できそうでできないことなんです。kyさんもあと10ヶ月弱そちらにおられるというお話しですが、ホント、つまらないことでも、”こんなこと、あとでもできる”とお考えにならずに、片端からやってみてください。十分楽しんでくださいね。
ky
2007年01月05日 14:34
ただでさえ,こちらの生活に馴染めない状況でSep11が
重なったのですね.暗い気分の時の悪い出来事って,
精神的ダメージが相乗効果で襲ってきますよね.
フィラデルフィアという都市の性質上余計だったのでは
ないでしょうか.
単身赴任(留学)でアメリカに来られた方が,
ご家族の病気で一時帰国された後,成田で出国ゲートへの
足が固まって動けなくなった,という話も伺いました.
今の私は,というと...お蔭様で,元気いっぱいです!
本当に,今でしかできないこと,やらなきゃだめですよね.
時間の余裕の有難みとこちらの生活に慣れっこに
なってしまっている今日この頃,おっしゃる通り,片っ端から
思いつくことやってみよう,と思います^ ^)

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